濡れはしないが、何とはなしに肌の湿る、霧のような春雨だった。表に駆け出した少女は、少年の傘を見て初めて。
「あら、雨なのね?」
少年は雨のためよりも、少女が座っている店先を通る恥ずかしさを隠すために開いた雨傘だった。
しかし、少年は黙って少女の体に傘をさしかけてやった。少女は片一方の肩だけを傘に入れた。少年はぬれながらお入りと。少女に身を寄せることができなかった。少女は自分も片手を傘の柄にもち添えたいと思いながら、しかも傘の中から、逃げ出しそうにばかりしていた。
二人は写真屋に入った。少年の父の官吏が遠く転任する。別れの写真だった。「どうぞお二人でここへお並びになって」と、写真やは長椅子を指したが、少年は少女と南端で座ることができなかった。少年は少女の後ろに立って、二人の体がどこかで結ばれていると思いたいために、椅子を握った指を軽く少女の羽織に触れさせた。少女の体に触れたはじめだった。その指に伝わるほのかな体温で、少年は少女を裸で抱きしめたような温かさを感じた。